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2020-02-10

コールド・ベイビーズ観戦記!(ややネタバレあり

劇団5454さんの「カタロゴス~青についての短編集~」から、GEMSさんの「コールド・ベイビーズ」を駆け抜けて観て、それぞれの舞台の完成度は高く、それ単体で観ても魅せられ考えさせられ、久しぶりにいい舞台観たなと言うことで観戦記書きます。
カタロゴス単体でいつもなら記事書いてるんですが、なんだかSNS観てたらみんながいっぱいいろんな思いをつぶやいてて、それを邪魔したくないな~と言う気持ちがありちょっと控えてたんですが、やっぱり面白かったんで面白かったと書こうかなと。
それに、コールド・ベイビーズを語るにカタロゴスを外せないよね。
そのくらいこの一連の物語は親密な独立作品でした。
古参ファンがどや顔してんぜ! と言われるかもですが、そういう方はどうぞ! 回れ右で!

コールド・ベイビーズは人口不足を補うため冷凍保存された精子と卵子を使用して、政府が親となり人工子宮児を生み出すという計画に基づき生まれた子供たち。
カタロゴスでは亜青(あせい)と紫亜(しあ)という初代コールド・ベイビーズが人間たちの生活を垣間見て「人生」を学んでいる。
その物語は切なくて、人間のきれいなところというよりは欲に近いドロドロしたものもたくさん出てくる。
そんな人間たちの営みから感情を学んだ紫亜は、その素晴らしさを亜青と分かち合いたいが、情緒の不安から体調不良に陥りやすいのを考慮したためか感情的なものを学ばず来た亜青にはそれを共感することができない。

そんな初代コールド・ベイビーズが置かれた実験的環境から25年後、人と変わらぬ姿で人の中で暮らしているコールド・ベイビーズたちのお話が今回の「コールド・ベイビーズ」のお話。

モニターバイトと言う名目で集められた4人の青年たち。その中に1人だけコールドベイビーズがいると聞かされ、その正体を当てたら追加報酬が出ると言う話をされる。
4人の姿は随時監視され、時には反応を見るために不和を仕掛けられたりしながら、コールドベイビーが誰であるのか? を知った時の残り3人はどうするのか……。

時にコミカルに軽快に、時に厳しく重く、4人を通して「人工子宮児」というものを考えさせられるんだけど、その話運びは流石の演出で、気が付けば結構重たい話題もするっと自分の中に入ってきている感じ。
この辺、流石の演出だなぁと思うんだけど、演じてる4人が等身大の姿であることがまたすごく良かった。
難しいことを考えたり、ありのままで受け入れたり、自分の欲、他人への関心、迷うこと、わからないこと、辛いこと、楽しいこと、そう言ったものすべてがリアルに舞台の上で繰り広げられる。
そして、それを見ているうちに、いろんな問題を感じ取って、自分の中に置き換えて考えさせられる。
自分が人間ではないと言われるものだったら? 自分が差別される側だったら? もし友人に人工子宮児がいたら? 
楽しく笑って、胸にきて泣いてる間に、そういう問題がたくさんたくさん投げかけられる。
観終わった後に、面白かった!と同時にいろいろ考えたのはそういうものの功績。
良いお芝居だなぁとしみじみ思うわけです。

今回、カタロゴスと両方観た人とコールドベイビーズだけの人がいると思うんだけど、これ、両方観た人にはもっと深い問題が浮き彫りになるギミックがあった。

それが渡辺コウジさん演じる「亜青」でした。

渡辺さんの演じる「大木」が亜青であるとわかった瞬間。
カタロゴスを見てた人には世界が一気に膨れ上がったと思います。
あの最後から25年後の亜青。
彼は決して良い環境で過ごせていたわけではなかった。
もちろんケアはあったのだと思う。でも、それでも感情が理解できない彼は、感情が理解できないが故にそれを疎み、感情の負の面ばかりを追ってしまっている。
紫亜が最後まで伝えたかったものは何かを実感することができず、「いいなぁ」と思わずこぼしたあの時から、彼はずっと悩み続けていた。

だからコールド・ベイビーズのラストで草介が救われたのと同時に、亜青もまたそれを取り巻く状況と貴土の言葉に救われた瞬間なのだと思いました。

カタロゴスの時の亜青だったら、絶対に貴土にイラつくことはなかっただろうし、草介に「他の3人も人工子宮児であることを言うべきかどうか?」という質問はしなかったと思うんですよ。そういう事実がある以上、それは事実として報告して然るべしで終わってた。
それでも草介に意見を聞いた。そしてその事実を他の3人に告げなかった。

亜青と言う人間を知らない人から見たら、意地の悪い嫌な男に見えたかもしれない。
なんて嫌なことをするんだろう。人を試すようなことをして。
そう思われても仕方ないけど、亜青を知っていれば見方は少し変わります。
亜青はすごく知りたかったんだと思う。昔、紫亜が見せてくれた日記にあったバトミントンをリクリエーションに組み込んだり、4人の間に不和を起こさせてみたりするのは、彼がずっと「答え」を求めているから。
この4人ならそれを教えてくれるかもしれないと言う期待から。

そして、4人はごく自然に泣き笑い、人間と何ら遜色ない姿を亜青に見せる。

その姿は亜青にとって自分とは違う絶望だったかもしれない。
もう一度、あの「いいなぁ」という切ない気持ちがもっと激しく高まったかもしれない。

でも、あの時に気づけなかったことに、亜青は気づく。

それは亜青が欠けていると思っている「感情」の一面であり、彼にもそれがあるのだと。
「大木さんだって感情があるじゃないですか。これ、怒ってるんでしょ?」
貴土の言葉もきっと背中を押したと思う。
亜青は頭のいい子だったから、ここまでわかったら、きっとここからまた変わって行けると思う。

4人のコールド・ベイビーズと亜青はここからもっと幸せになれるのだろうと予感させで物語は終わる。
この亜青の物語が再び輝きを持てたのも、MARKさん、順也さん、KOHEYさん、 凌雅さんの演じたコールド・ベイビーズたちの鮮やかさがあってのこと。
そして、2つに渡っての物語の大団円を見ることができて幸せな舞台でした。

もし、興味があったら是非カタロゴスも観てほしいなと思います。
4人の生まれる前にあった切ない物語を知れば、彼らの存在の難しさ、大変さ、奇跡的な喜びがより鮮やかに見えるようになると思います。

そして、この観戦記が、舞台って面白いなーって思うひと押しになれれば幸いです。

ホントに演劇って面白いから! 推しがより輝く場所の一つなのです!w
またどこかの客席でお会いできることを切に祈っております。

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